ラ・グーリュと骨なしヴァランタン!ロートレックの代表作Moulin Rougeのスター達…

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今日は11/26なので嵐の大野智くんの誕生日ですね。大野くん誕生日おめでとうございます!(*^_^*)♡と、いうわけで私の大好きなMoulinRougeのダンスの名手といわれた「骨なしヴァランタン」のことについて書きたいと思います。Valentin le Desosseは絵の手前の男性です。なぜ、骨なし(Desosse)といわれたか?というと、あまりにもダンスが上手くて、手や足の動きが早くて、くねくねと、まるで骨なしの様だということを観客が言った事から、このスターのあだ名がつきました。ちょっと今なら、ダンスの上手い嵐の大野くんみたいですね!軽々と踊る姿はラ・グーリュ(彼女の名前は大食いという意味)を引き立てます。ロートレックのかなりデフォルメされたシルエットがとても印象的ですね。本人はもっと小柄な印象のたぶんかっこいい感じだと思いますが…ロートレックが描くとすごくインパクトありますね⁈
「ロートレックとキャバレー」中山公男 より
☆ムーラン・ルージュの開場
1889年10月5日「ムーラン・ルージュ」がモンマルトルの丘の下、クリシー通りに面して開場し、熱狂的な歓呼で迎えられる。
ルノアールの愛したダンス・ホール「ムーラン・ド・ギャレット」が野外の、ごく健康的な奏楽場だったのに対して「ムーラン・ルージュ」は同じように庶民の為の舞踏場ではあったが、ずっと華やかになり、ホールには様々な豪奢な敷物がしきつめられていて、上流の社交場に劣らない雰囲気を備えていたし、歌い手、踊り手、それに「女たち」も屯ろし、かなり淫らな雰囲気も漂っていた。ロートレックは、ここの常連客であり、またここの内部や芸人たちを描き、「ムーラン・ド・ギャレット」がルノアールの絵によって不朽のものとなったように、ロートレックの画筆によって「赤い風車/ムーラン・ルージュ」のイメージは永遠に定着することになった。
1891年に「ムーラン・ルージュ」は新しく雇い入れた踊り子、ラ・グーリュの宣伝をロートレックに依頼する。当時「カジノ・ド・パリ」が開場して、それに対抗して鳴物入りの宣伝をしなければならなくなったのである。こうして「骨なしヴァランタン/Valentin le Desosse」と「ラ・グーリュ/La Goulue」を配したロートレックの最初のポスターが製作され、その宣伝効果も抜群になる。肥り気味だが可愛く抜群の踊り子であった「ラ・グーリュ」(大食らい)は、その後
独立して小屋を開くが、この時も彼女の為に看板を描いてやっている。

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